熟年ラブ 大人の恋 50代のブログ

燃えるような大人の恋をしています。同じ立場の人たちのブログでべんきょうしています。

幸せな人生 足ることを知る者は富む…限りない欲望に歯止め 


みんな幸福に満ちた豊かな生活を送りたいと思う。


しかし、
「幸福」「豊かさ」って何?
って聞かれたら、漠然とした感があり、
返答に困る。



大きな立派な家でお金の心配も無く、
侍従じゃないけど、身の回りのことはみんなしてくれる。


料理は高級で毎日ご馳走ばかり、
上げ膳据え膳と、
仕事もする必要なく、毎日自由にどこへでも遊びにいける。


こんな生活かなー、
なんてセレブ的なイメージをえがいたりする。


こういうリッチな生活にどっぷり浸かると、
もう後ろに戻ることはできなくて、
さらに、もっともっといい生活をと…。


人間の欲望は限りないということは
よく知られるところ。



どんなものを手に入れても
満足できないから
あれもこれも、もっともっと…と。


いつまでも心の渇きを満たすことはできず、
ずっと枯渇した心を抱えたまま
生きていく運命になるだろうな。


ある程度、もうこれで十分満足だという歯止めがないと、
人間はおかしくなっていくと思う。


幸福、そして心の豊かさとかけ離れた人生になっていってしまったというのは、
よく聞く話。



老子の言葉の言葉で
「知足者富」


足ることを知る者は富む


足りることを知っている人は、
豊かな人生をおくることができる。



仏教でも古い経集で『スッタニパータ』というものがある。
その中に収録されている「慈経(じきょう)」という経、


それは、生きとし生きるものに対して、
いかなる態度でいるべきか、
という人間関係の指針が説いている。



足ることを知りて、養い易きこと
雑事にかかわらず、簡素に生きること
五根(信念、反復、思念、禅定、智慧)を清らかにして、聡明、謙譲なること…


と書いてあった。



幸せは、少なくても多額な財、お金、物的なものではない。
あれば、よけいに欲しくなるという、
欲望で苦しみ、不幸にする。



釈迦や老子の生きた時代は、
今のように物的に豊かな時代でないはず、


その時代でも
このような言葉を発していたというのは
今も、そして未来永劫に渡っても
真理のように思った。



質素でも今の生活で十分、支えてくれる人たちがいる、
よき隣人がいる、少しの友達がいる、
その上、僕みたいな男を愛してくれる人もいる。
魅力あるすばらしい人との出逢いもあった。


もうそれだけで十分なのだ。



恋愛関係でいえば、
恋人と逢いたいという気持ち、
抱きたい抱かれたいという想い、
そんな欲望も同じだ。


どんどんふくらんでいく。


毎日メールしてほしい、
毎日でも逢いたい、
毎日でもそばにいたい

となる。


婚外恋愛の恋人まで
すべて近くにおいて、
自分の独占にしたいなんて、
足る以上のものかもしれないなー。